一人ひとりに寄り添い、「選んでよかった」と思える会社へ
〜「はままつ子育て世代活躍企業コンテスト」優秀賞受賞・鈴木晒整理が取り組んだ従業員の意識改革〜
2025年7月・8月、当社主催の「子育て世代人材 採用力強化セミナー&相談会」を全4回にわたって開催しました。このセミナーにご参加いただいた企業様のうち、3社が「はままつ子育て世代活躍企業コンテスト」において、見事受賞されました。
受賞企業の皆様は、子育て世代が働きやすく、活躍できる職場づくりに向けて、社内でどのような取り組みを進めてきたのでしょうか。今回は、その具体的な取り組みや工夫について、受賞企業の皆様にインタビューさせていただきました。
1951年創業の鈴木晒整理本社。エントランスには、従業員同士の交流に活用している「社長のおごり自販機」がある
独自の特殊加工を強みに、アパレル向けの生地を手がける鈴木晒整理。創業75年の同社では、かつて人材の定着が大きな課題でした。そこで、新入社員と先輩社員の双方に向き合い、受け入れ方や仕事の教え方を見直した結果、直近3年間に採用した26人のうち、退職者は1人にとどまっています。
その取り組みは、子育て中の社員や若い世代が安心して働き続けられる環境づくりへと広がり、「子育て世代活躍企業コンテスト」で優秀賞を受賞。採用・定着と子育て支援をどのように結びつけてきたのか。改革を牽引してきた同社労務課長の井上浩一氏に話を伺いました。
多品種・小ロットに対応し、独自技術で生地の価値を高める繊維加工会社
──最初に、御社が手がけている事業について教えてください。
私たちは、洋服に使われる生地の染色や仕上げ、特殊加工を行っています。主に商社やアパレルメーカーなどから依頼を受け、百貨店や路面店、セレクトショップなどに並ぶ洋服の生地を加工しています。
特徴の一つは、多品種・小ロット・短納期に対応していることです。洋服は流行や季節によって、生地の厚さや色、柄などが変わります。ご依頼をいただいてから、1カ月ほどで納品することも珍しくありません。
もう一つの特徴が、独自に開発してきた特殊加工です。染色が生地に色を付ける工程だとすれば、特殊加工は、その後の仕上げ工程で見た目や肌触り、機能を加え、生地の価値をさらに高める技術です。
例えば、綿100%の生地に自然なストレッチ性を持たせる加工や、しっとりとした肌触り、軽さ、やわらかさを引き出す加工などがあります。洗濯後のアイロンがけの手間を減らす防しわ加工も、その一つです。
ただし、生地は同じ配合や工程で加工しても、素材や加工量などによって、色や風合いの出方が変わります。そのため、最後は人の目や手で色合いや肌触りを確かめ、お客さまが思い描くイメージに近づけなければなりません。機械設備も活用していますが、社員一人ひとりの経験や感覚が欠かせない仕事です。
こうした多様な要望への対応力と、私たちならではの特殊加工を強みに、生地に新たな価値を加え、お客さまが求めるものづくりに取り組んでいます。
「この会社を変えたい」という思いから始まった
──2025年、子育て世代活躍企業コンテストで優秀賞に選ばれました。子育て世代の支援に取り組まれることになった経緯について教えてください。
きっかけは、私が3年ほど前に入社し、「この会社を変えていきたい」と考えたことです。
当時、ほかにも内定をいただいた会社はありました。その中で当社を選んだのは、自分たちの工夫や行動によって、会社をより良くしていける可能性を感じたからです。まだ挑戦できることがたくさんあると思い、入社を決めました。入社前には社長とも何度か話し、「こうした取り組みに挑戦したい」と率直に伝えました。
入社して最初に課題だと感じたのが、新しく入った人がなかなか定着しないことでした。以前は、10人を採用しても、そのうち6、7人が半年から1年ほどで辞めてしまうこともありました。仕事の大変さだけでなく、新しい人を受け入れ、育てようという意識が、社内に十分根づいていなかったのだと思います。
そこで、退職を本人だけの問題にするのではなく、会社側にも原因があると考え、新入社員への接し方や仕事の教え方から見直しました。
そうした取り組みを続けるなかで、目を向けるべきなのは新入社員だけではないと気づいたのです。すでに働いている子育て世代はもちろん、今は若い社員も、将来は結婚や出産、育児を迎えるかもしれません。今いる社員が安心して働き続けられる環境を整えるとともに、若い世代の将来にも備える必要があると考え、子育て支援に取り組むようになりました。
「自分たちの力で会社を変えていける」と可能性を感じ、約3年前に入社した井上課長
新入社員と先輩社員の双方に向き合い、定着する職場へ
──新卒採用から入社後の支援まで、具体的にどのような取り組みを進めたのでしょうか?
新卒採用を始めるにあたり、まずは市役所やハローワーク、商工会議所に足を運び、求人票の書き方や学校へのアプローチ方法を基礎から学びました。学校との接点も少なかったため、訪問を重ねながら、当社の事業や働く環境について丁寧に伝えました。そうした地道な活動が実を結び、高校生や大学生の採用につながったのです。
入社後の支援として始めたのが、一人ひとりとの交換ノートです。その日の出来事や学んだこと、感じたこと、将来への思いなどを書いてもらい、私も感じたことやアドバイスを書いて返しました。常に一緒に行動できるわけではないため、ノートを通じて初めて気づく悩みや変化もあります。
一方で、私自身が新入社員の言葉に励まされたり、心を動かされたりすることも少なくありませんでした。やり取りを重ねるうちに、ノートだけでなく、本人が直接相談や報告に来てくれるようになり、その姿に成長を感じています。
新入社員と続けている交換ノート。そこに書かれた言葉に、井上さん自身が励まされることもあるという。
交換ノートで把握した新入社員の不安やつまずきを解消できるように、指導する先輩社員には、私から働きかけました。しかし、当初は「自分たちの頃は、そこまでしてもらえなかった」といった反発もありました。そこで、先輩社員が感じている戸惑いにも耳を傾け、双方の状況を整理しながら、伝え方や教え方を一緒に考えていきました。
私がお願いしたのは、新入社員を甘やかすことではありません。「もし自分が今、新入社員として入ったら、どのように教えてほしいか。どのような言い方なら理解しやすいのか。それを少しだけ考えてほしい」と繰り返し伝えました。
現場に変化が表れるまでには、1年ほどかかりました。翌年、新たな社員を迎えた頃から、先輩たちが新入社員を前向きに受け入れ、「頑張ってくれるといいね」と声をかけてくれるようになったのです。勤続10年ほどの社員からは、「自分も新人の頃に、同じように接してもらいたかった」と言われたこともあります。その言葉を聞いたとき、これまで伝えてきたことが、ようやく現場に届いたのだと感じました。
2024年以降に採用した高校・大学の新卒社員は、現在も全員が働いています。中途採用を含めると、この3年間で入社した26人のうち、退職したのは1人です。
採用することをゴールにせず、一人ひとりの声に耳を傾け、「この会社を選んでよかった」と思える環境をつくることが、定着につながっているのだと思います。
若手社員の言葉で、働く姿を学生に伝える
──新卒入社の社員も、採用活動に参加されているそうですね。具体的な取り組みを教えていただけますか。
入社1、2年目の若手社員には、会社案内の制作や、見学に訪れた学生への説明などに参加してもらっています。
例えば、入社1年目の社員が、子どもにも分かりやすい絵本形式の会社案内を制作しました。子育て中の社員が家庭に持ち帰り、「パパやママは、こんな仕事をしているんだよ」と伝えるために活用しています。
高校などに配布する採用向けの会社案内も、若手社員が手がけています。会社の基本情報だけでなく、入社前に抱いていたイメージや、実際に働いて感じたことなどを、自分たちの言葉でまとめています。年齢の近い社員の率直な声が入ることで、生徒にも入社後の姿をイメージしやすくなります。
新卒社員が作成した会社案内。自分たちでリサーチして、自分たちの言葉を反映
会社見学の際には、若手社員が仕事内容や職場の様子を直接説明します。細かな台本は用意せず、自分が担当している仕事や、入社前に知っておきたかったことなどを率直に伝えています。
説明する内容は、本人の得意な範囲に合わせています。仕事全体を説明するのが難しければ、自身の経験を中心に話し、足りない部分は私が補います。仕事の楽しさだけでなく、大変なことや会社に改善してほしいことも含め、内容にNGは設けていません。ホームページや求人票だけでは分からない、現場で働く社員の生の声を届けたいからです。
こうした経験は、若手社員の成長だけでなく、周囲の意識にも変化をもたらしました。最近では、学生が工場を見学していると、現場の社員から「こんにちは」「暑いけど大丈夫?」と声をかける姿も見られます。採用活動にみんなで関わることで、新しい仲間を会社全体で迎えようという雰囲気が生まれています。
制度をあえて決めず、まず一人ひとりの事情に寄り添う
──子育て世代に対しては、どのようなサポートを行っていったのでしょうか。
最初から新しい制度をつくったわけではありません。まずは一人ひとりのご家庭や育児の状況を知り、急な休みや早退にも柔軟に対応することから始めました。
当時、子育て中の従業員に話を聞くと、「自分の都合で会社に迷惑をかけてはいけない」「こんなことを相談してもよいのだろうか」と、周囲に遠慮していることが分かりました。誰かに責められたわけではなくても、子育ては自分だけの問題だと抱え込んでいたのです。
そこで、日頃から「お子さんの体調はどう?」「学校や保育園では最近どんなことをしているの?」と声をかけ、相談しやすい関係づくりを意識しました。子どもの体調不良や学校行事などで休みや早退が必要になったときには、「仕事よりも子どもを優先して」と伝えるように心がけました。本人から上司に言い出しにくい場合は私が間に入り、必要に応じて周囲にも協力を求めたりしたのです。
短時間勤務についても、以前は誰がどのような条件で利用しているのか、社内で十分に整理されていませんでした。そこで、本人と働き方を確認したうえで、会社として認めている運用であることを明確にするようにしました。
制度を整えることも大切ですが、子育ての状況は家庭や子どもによって異なります。まずは「会社も子育てを理解してくれる」「困ったときは相談していい」と感じてもらうことを優先しました。今いる子育て世代を支えると同時に、若い社員が将来、結婚や出産、育児を迎えても働き続けられる環境を準備することも、会社の役割だと考えています。
外部の学びを、会社らしい子育て支援につなげる
──浜松商工会議所の子育て世代活躍セミナーにも参加されています。どのような思いから受講されたのでしょうか。
子育て世代の支援について、私自身に専門的な知識があったわけではなく、会社としても、これまで行ってきた個別の対応を体系的な取り組みとして整理できていませんでした。そこで、必要な知識を身につけ、ほかの会社がどのような支援を行っているのか学びたいと思い、参加しました。
入社して間もない頃は、採用をはじめ、分からないことばかりでした。そのため、浜松商工会議所のホームページをこまめに確認し、興味を持ったセミナーには積極的に足を運んでいました。
今回講師を務めた関根さんには、以前、求人票の作成をテーマにした講座でもお話を伺っていました。浜松商工会議所の人材支援課の職員さんからも参加を勧めていただき、「これはぜひ受けたい」と思いました。
──セミナーへの参加を通じて、子育て支援に対する考え方はどのように変わりましたか。
大きく変わったというよりも、これまで自分が進めてきた方向は間違っていなかったのだと、背中を押してもらえた感覚があります。
印象に残ったのは、子育て支援が採用活動に与える影響を示すデータです。子育てしやすい環境を整えることは、今いる従業員を支えるだけでなく、将来の採用にもつながります。採用と子育て支援は別々の取り組みではなく、同じ線上にあるのだと、数字を通じて改めて理解できました。
他社の事例からも、大きな刺激を受けました。なかでも印象的だったのが、出勤時間や休み方を従業員に委ねながら、事業を成り立たせている会社の事例です。遅刻や欠勤の連絡は必須だという考えも、自分たちが当たり前だと思い込んでいるだけかもしれません。「今までこうしてきたから、これからも同じでなければならない」と考える必要はないのだと、視界が開けた感覚がありました。
セミナーの宿題として、全従業員に「どのような制度があればよいか」「現在の制度にどんな課題を感じているか」などを聞いたことも、大きな学びになりました。話を掘り下げていくと、子育て中の従業員が求めているのは、立派な制度だけではないことが見えてきたのです。子どもの体調不良など、突発的な出来事が起きたときの柔軟な対応こそ、必要とされていたのです。これまで行ってきた個別対応が喜ばれていたことも、改めて実感できました。
こうした学びを通じて、法令に基づく制度を土台としながら、一人ひとりに寄り添う柔軟な対応を、当社の強みにしていく方針が明確になりました。将来的には、より多くの人が利用できる制度を、従業員と一緒につくっていきたいと考えています。
日々の声から生まれた、暮らしと交流を支える取り組み
──具体的に、どのような取り組みを導入しましたか。
例えば、週に1回ほど、昼休みの時間に合わせて食品の移動販売車に来てもらっています。
小さな子どもがいる従業員には、できるだけ残業をせずに帰ってもらっていますが、仕事の状況によっては協力をお願いすることもあります。退勤が遅くなると、お迎えだけでなく、帰りに買い物をする時間もなくなってしまいます。そこで、買い物にかかる時間を少しでも減らせないかと考え、移動販売をお願いしました。
販売車では、パンや牛乳のほか、野菜や肉などの生鮮食品も購入できます。昼休みに買ったものを退勤まで保管できるよう、社内に冷蔵庫も用意。すべての買い物を済ませられるわけではありませんが、子育て中の従業員を中心に「助かる」と言ってもらっています。
取材・文/西谷 忠和
鈴木晒整理株式会社様 公式サイト
https://suzukisarashi.co.jp/
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